第二章 中学・高校時代
この年代は、子供から大人へと脱皮する時期である。知三の身長も中学一年時だけで七センチも伸びた。男の子は逞しくなり、女の子はやわらかな体型に変わってくる。そのように変化する吾が肉体が不思議でもあるし、異性との歴然とした差に興味が沸く。神がこの世に男と女を作ったと言う話を実感的に本当であると信じてしまう。この神話は大多数の人類にとって永遠の真実でもある。
ところが、男と女によって世界が成り立っているという「永遠の真実」にもやはり例外があって、レズやホモセクシャルな風俗というのも社会の片隅で生きている。この件に関しては自称「神の僕」たちも神意を図りかねて、英国国教会は容認するが、バチカンのカトリック教会は断然認めない。
それはさておき、ベビーブームの世代は団塊の世代と言われ、社会組織や制度にはこの大群を受け入れるキャパシテｲが無く、学校では急遽プレハブの教室を増築して対応した。教師も不足した。後々には、歳をとっても幹部ポストがなくなったし、老後の年金までも無くなりそうである。団塊の子供達が進級すると教師も子供に付いてきた。知三の小学校の時担任であった教師が中学校では音楽を担当した。高校に入っても同じようなことがあった。中学校で数学を教えていた教師が高校に移ってきた。ただし、この教師は不幸にして高校の数学になじめず、ノイローゼとなり元の中学にもどった。高校の教室はちゃちなプレハブの箱であった。それでも枠に収まりきれず、はみ出し落ちこぼれていくのは見慣れた風景であった。この世代にとっては、毎日がサバイバルレースであった。
中学三年の時、安保騒動があり、国会の前で女学生が一人死んだけれども、平和な田舎の中学生であった私にはその記憶は何も無い。大学に入学するや否や安保全学連の生き残り幹部達によってこの事件があたかも大事件かの如く吹き込まれたのであった。この経験から、ニセ記憶というものも後で刷り込むことができる事が判った。高校一年の時、ケネデｲ大統領が暗殺された。このショックは何故か大きかった。その朝のことを今でも思い出すことができる。私はその朝、意識が混濁して生きているのか死んでいるのか判らない不快な重苦しい気分に襲われていた。今日は一体どうしたのか、何か急に体調が悪くなったのはなぜだろうと、私はまず自分の健康状態を心配しながら、朝食の為に起き上がり玄関に投げ入れられていた新聞を拾い上げた。すると、その新聞のトップ記事に、アメリカ大統領ケネデｲがダラス市内でパレード中に暗殺されたという活字が踊っていたのであった。私の重苦しい気分の原因はこの事件である、と直感できた。人類は共通意識をもっているので大きな集団的意識は津波の様に伝播するのである。とくに、子供の無垢な心や、類似した意識を持つ人の心には感応しやすいのである。知三は年こそ違うがケネディと同じ誕生日であったし、ケネディの演説の一部分は英語の教材として読んでいたので知っていたのであった。
ケネディ（ＪＦＫ）の記憶として、国民に対し「国家が君達に対して何かをしてくれることを期待するのではなく、君達が国家に対して何ができるかを考えよう」と呼びかけた大統領就任演説は有名であるが、彼はアメリカが世界スタンダードとなる基本的政治理念を持っていたという点で、今でも私の中で生きつづけている。アメリカは２００年ほど前に壮大な理想国家として始められた実験的国家であって、全ての人種が共存共栄する社会がここアメリカで可能かどうかが試されているのだ、と彼は考えていた。新天新地に向かう清教徒たちの、全ての権威を神のみに帰した姿が髣髴される。一方、南米はカトリックの権威主義とその副産物の植民地主義により開拓開発された。ＵＳＡと同程度の面積をもつと言ってもよいブラジルでは、国家理念以前に多民族社会が根付いてしまったので、共存はすれど共栄には失敗している。
高校では、教室はテストの成績で振り分けられ、生徒は工業製品の如く品質管理され、テストの成績が悪いとクラスを移された。知三の高校は普通科だけのローカル高校で、とりあえず大学の優秀な予備校として機能することを最大目標としていた。旺文社の学力コンクールなどテスト産業は全盛時代を謳歌していて、日本各地の学校の公式行事として執り行われた。今の大学入試センター試験の原型である。友人だったＭ君がそれで全国第２位の成績を収めた時などは学校の名誉として校長が体育館に全校生徒を集めて表彰したりした。知三はその時１０００番ぐらいであったが、この順位は進学先を本人が決められるぎりぎりのラインで、もう少し点数が低ければ本人の志望によらず進学先を割り当てられる仕組みであった。スポーツのスターを目指す者はスポーツ専門高校へ行き、早くも高校時代に全国に名を売り、進学するものは進学予備校と化した高校に行きテスト技術を磨くだけ、という住み分けが出来つつあった。人間を僅かな数字の差で振り分けることも、当時は仕方がないと思っていて、知三は、大学をひとつどこか受験してみて、もし落ちたら高卒で働こうと思っていた。
高校時代には、肉体的に十分生殖能力を持つようになり、性欲も盛んになるので、異性に対する関心が異常に昂進する。このＭ君とてその例外ではありえなかった。もう一人、Ｏ君という大きな体格の友人がいて、この二人が同時に一人の美少女に劣情を催した。恋をした、というほど繊細な感情は当時の我々には無かったと言って良い。私などは、当時同学年の女生徒をもっぱら下半身で評価していて、尻や足の形の良い女生徒に大いに興味を持ったものである。そして、山田風太郎や宇能鴻一郎はまだ上等な方で、発禁本や低俗大衆小説を読んだり、それを自作して回し読みをして遊んでいたのであった。ある時、私の劣情を遂げる小説が数学の教師の目に止まり、「こんな文章を書く奴は気違いだ」といったという情報が入った。この数学教師は、「受験に全力を注ぎ、巷の女に気を取られるな」と男子生徒達に常日頃発破を掛けていて、女生徒から嫌われていたが、一応熱心な教師ではあった。さて、その美少女であったＫさんが高校の同窓会の会報7号に手記を書いていて、なんでもモロッコへ行ってきたらしい。私の記憶ではＫさんは谷間に人知れず咲いた白百合の如く清純な美少女であって、Ｍ君とＯ君が彼女に交際を迫った時に同席したが、よよと泣き崩れて肘鉄を食らわすことすらしなかったために、Ｍ君とＯ君は後々まで互いに自分に気が有るに違いないと錯覚し続けたのであった。
中学や高校には名ばかりの生徒会があって、成績の一番良い生徒を生徒会長にする慣例があった。それで、Ｍ君にその役が回って来たのであったが、Ｍ君は中学時代からこの役をさせられていてうんざりしていた。それで、私に頼み込んできたので、私は気安く請け負ったのであった。他に立候補する者も無く、M君の応援演説もあって、私は生徒会長になってしまった。当然、なにもしなかった。現在、高校の同窓会関東支部の幹事長E君がその時の副会長であって、彼にはそういう世話をする才能や趣味があることを今日実証している。
追記（２００２年７月）：このＨＰを作ってから２年経過した。Ｅ君から、会報８号が届いた。来る１０月６日に同窓会をやるという。
会報の５ページにはなんとＭ君が寄稿している。今アメリカにいるのか。多分、定年まで帰ってこないだろうな。
知三はＺ会で３科目３段をもらうほど入試問題を解くのがうまくなり、なんとなく受けた東工大入試に合格した。知三のクラスの友人達も其々東大、京大、阪大など志望した一流の（？）国立大に合格した。落ちた者も一年後には志望大学に入学したから予備校と化した高校では創立以来最高の進学成績を収めた年になった。団塊のサバイバル世代以降、母校の高校の進学成績は下降していき、いまでは生徒数も減って雰囲気はのんびりとした田舎の学校になったらしい。
宇野には何の未練もなかったから１８歳の春、高校を卒業すると、単身、大学入学のため上京した。東海道新幹線が出来て二年目であり、時速２５０キロの電車に恐る恐る乗ったというウブな少年であった。
