第四章 彷徨の附録１ 竹中労の思い出
其の暗く深い迷いの渕の底に、竹中労がいました。神山茂夫もいました。この人達は、すでに死んでしまいましたからここに堂々と本名を書いて、好き放題に批評を加えても、死人に口無しということで差し障りがないでしょう。もし、私の記述に異論があれば是非メールをください。
特に、竹中労は当時の若者達に対する迷いの扇動者として、又その破滅的人生は決して斯く生きたくない見本であって、後進の若者に対する反面教師として、特筆に価する人物でありました。この際、竹中労に関し、私に不都合な部分はさしあたり省いて、詳論したいと思います。後ほど、必要が生じれば私自身の懺悔もします。
私は、学生時代に、しばらく竹中労の事務所に居候のように入り浸っていました。彼の八方破れの生き方に私は幻惑されてしまい、目先の面白さに夢中になってますます人生がわからなくなっていきました。肉体人間は２０代において体力的にピークに達します。人間知も活発で、策略や闘争を好みます。性欲や食欲は飽く事を知りません。この時期に病弱であることはむしろ幸福かもしれません。外見的に美人であったり、体力や知力に自信があったりすればなおさらのこと、霊によって生きず、肉欲によって右往左往する憐れな時期が青年時代と呼ばれる一時期であります。
もっとも、五官感覚で見ると青年時代は男女ともにその肉体は魅力的で、人生の花が一斉に咲き乱れたかの如くに感じられ、知力や体力も充実して、子供や老人がまるで別の生き物かの如くに思われてしまう程、若さの特権に酔い痴れてしまいます。蛹からかえった蝶のように、まさか其れが一時の幻であるとは気が付かないのです。肉体だけの生と死を繰り返す動物なら、青年期を大いに楽しみ生殖作業を終えれば使命は完了しますからそれでかまいません。
しかし、人間にはさらに高級な使命があるのです。人間の使命は自己実現であります。自己（即ち、神）を実現していくというのが人間に与えられたこの世での使命なのです。肉体が完成した位で喜んでいる場合ではありません。完全な肉体生活を実現した上で、各自に割り当てられる様々な理念（真・善・美・知恵・富・生命・慈愛・歓喜などを実現するアイデア）をその生活の中で具体化していくという重大な仕事をしてこそ、人間としての使命が果たせて、本当の深い喜びが得られるのです。そのように生きた偉人は沢山いましたし、今もいます。
「最近（今年の春頃）、お天気の森田さんが、新聞のコラムで竹中労の評伝「竹中労・無頼の哀しみ」が出版された話を書いていましたが、私は其の本がどのような内容なのか、まだ知りません。この書きこみに関する件なので、思い出しただけです。」と、最初の書きこみで書いていました。この記述について気になっていたので、この本を夏に買ってきて読んでみましたが、私の知っている範囲のことがさらっと書かれているだけでした。
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さて、当時の日本経済が高度成長の波に乗って活気に満ちたものであったから、出版界もテレビ局も新聞社も広告収入が潤沢で、出版物の売り上げも好調でありました。週刊誌も出せば売れるというので、次々に新しい雑誌が発売され、あたったり外れたりしました。竹中労はルポライターを自称し、風俗芸能ネタを中心に政治経済宗教文学芸術とあらゆる分野に口出し（異論を唱えたり、筆者の揚げ足をとったり、別件ネタで批判したりして有名人に喧嘩を売ること）をして、敵の敵から誉められたり貶されたりして話題を取っていました。大衆は危険な冒険や事件、それに有名人のゴシップやスキャンダルが大好きですから、これを製造すれば売れるのです。
（２００１．ＪＡＮ．追記）昨年暮れの１２月２８日、週刊新潮を創刊して、出版社系週刊誌の先鞭をつけ、多くの作家を育てた斎藤十一が８６歳で死んだ。彼は６０半ばで写真週刊誌ＦＯＣＵＳも創刊した。ＴＢＳテレビで其の特集番組をみて、私の青年時代に週刊誌の一つのモデルをそのワンマンな編集で示したこの人物が気になった。（２００１．ＡＵＧ．追記）このＦＯＣＵＳも４０億円の赤字を出すに至り、今週号（1001号）を以って廃刊されるらしい。誠に現象界は無常にして夢幻の世界である。かかる商業出版物の類は、特に浮沈が激しい。
本来正論を尊ぶアカデミズムの牙城であるべき言論の世界ですが、基本的に売れれば良いという商業マスコミ各社にとって、堅苦しい権威筋の言論は煙たいので、その点大衆受けをする雄弁なルポライターは便利で有り難い存在でした。しかし、便利屋の大衆ジャーナリストという浮き草稼業ですから、結構学問的に意義がある記事を書いても、イェロージャーナリストが何をかいわんやとして正統派言論人達は知らぬ振りをして相手にしません。そもそも大衆雑誌の記事は、読者を引き付け買わせて読ませるのが第一目標で、内容はどうせ一読して捨てられるのだから、概して無責任で書き放題です。責任も出版社になく、ライター本人にあると言うわけで、弱肉強食の原理により文筆無頼稼業が成り立つのです。いわばこの分野は無責任無法地帯で、ライターの地位は本人の実力次第です。すでに権威や地位のある連中は自分の権威に傷が付く惧れもあり、誰も記事を書こうとしません。君子危うきに近寄らず、ということです。怖い者知らずの若者にとっては、むしろそれが魅力的でした。
昔、大杉栄などが売文社を作ったりしたこともありましたが、文士や役者が生きていくことは本来困難なものです。しかし、この時代は三文文士でも生きていけそうな気がしました。私も売文業をやろうかな、と思う程世間ではライター不足で、編集者は新人のライターを探していました。私にも何か書けといってきたので原稿用紙一枚５０００円で２０枚分書いたこともあります。
泥棒にも三分の理有り、といいますが、竹中労はこの理屈を振り回して世渡りをしていました。ゴシップやスキャンダルを製造し、一方的に発表し有名税だとして相手の寝込みを襲う、これは、敗者、弱者が窮鼠猫を噛むという反逆手段であり、言わば集（たか）りであり、過度にすれば唯の犯罪ですが、竹中のように先祖と称する竹中半兵衛（武田信玄の参謀）にも劣らぬ自信をもって、人間社会の裏表を熟知した上で、ある程度の常識的落しどころを計算してうまくやれば、ハイリスクハイリターンな商売になるのです。敗者が単に捨て台詞をはいて尻尾を巻いて去るというのでは、曳かれ者の泣き言でしかないのです。竹中は武闘派時代の共産党員でしたから、弱者大衆を味方につけて敵を撃つ、という戦法を得意としていました。
一方、神山茂夫はもと日本共産党の中央委員であり、共産党で最もたくさんの本を書いた人物でありましたが、（この本を書いた、というところにＲ君は興味をもったのです）晩年は体調を崩し、宮本顕治（不破哲三の親分）に追放されて巣鴨で老妻と寂しく暮らしていました。私たちが訪ねたときは、まだ宮顕に毒を盛られるかも知れないなど弱音をはくかと思えば、その昔、大財閥であった某氏の自宅に押しかけて彼が着ていた高級なコートを、「これは労働者を搾取して手に入れたものであるから、労働者に返すべきものである。」などと言って巻き上げたことがある、と元気のいい事もいっていました。この神山茂夫は竹中労が尊敬する数少ない人物のひとりであり、神山先生と呼んでいました。
竹中労は本名ですが、彼の父親は共産主義者｢労」ではなく無政府主義者「乱」という名にしたかったらしい。この老父は江戸川乱歩の挿絵などを描いた奇才画家であって、私は竹中に同行して甲府の家に泊めてもらったことがあります。
竹中労は、当時まだ清純であった小川ともこが処女でないと書き、彼女が泣き泣き「私は処女です。」と訴えると、それをさらにネタにして対談記事にし「処女幕なんてのは唯の皮に過ぎない、きみはそんな皮を何時まで大事にしたいのかね。」などといってとぼけていました。小川ともこさんは今日、「日蓮の霊言」だの「谷口雅春の霊言」だのと称する本を書いた物まね宗教家ともいうべき大川隆法クンに夢中になっているようです。私は当時の竹中の狼藉ぶりを償うために彼女の真の魂の救済を願わずにいられません。竹中労は私より１７歳年長で、学生時代に敗戦を体験した世代です。日本中パニック状態のなかで青年時代を過ごしました。彼自身も、人生は一場一期の夢よ、くすんで何しようぞただ狂え、と唱え、私を含む若者達を煽り、狂疾に誘い込み、八方破れの無頼生活に身を投じていました。竹中に与えられた時代の使命があったと言えます。
全国歌謡選手権というテレビ番組の審査委員をやり、天童よしみの名づけ親になりデビュー曲の作詞をしました。作詞といっても自慢の文才と詩才は異なるので、ついに自作を断念して野口雨情から盗用した苦心作でしたが、結果的に曲は売れませんでした。しかし、この頃が彼の絶頂期でありました。日米安保体制が安定し、沖縄も返還され、自衛隊の装備も極東米軍の指揮下で活動できるように予算を取るのは抵抗無く承認されるようになりました。学生運動は山場を超え、安田講堂も落城し赤軍派が終末的自滅を遂げるとともに、世間は次第に安定と平和と繁栄を歓迎するムードになってきました。動乱、乱世の英雄は人気を失い、狂疾の時代は終わり、日本は敗戦の焦土からやっと再生し、正気を取り戻したのです。
閑話休題。この文句は竹中労の常用語でありまして、ピーク（どんなものにも旬、食べごろがあります）を過ぎたころの彼は出版社から頼まれた枚数の原稿がネタ切れで筆が進まなくなると、この四文字をならべ、全く主題とは関係の無い与太話を書いて残りの桝目を埋めるのを常とし、しばしば与太話のほうが本題より面白いので、読者はそれを可としていたようでした。彼は単に自分の記事に責任を取るのが嫌で、記事中の無節操を全部許して貰いたかったので、自分の書くことは与太話のひとつに過ぎないということを示したのです。当時は日本社会全体がまだ不安定であり、すねに傷を持たない人（特に有名人）は皆無といってもよかったので、世間は寛容でした。フウテンの寅さんのようなキャラクタが受けていたのです。当然、言論は永久に保存される宿命を持ち、一旦発言すると撤回しない限り何時までも当人の意見とみなされます。今日のように安定した平和ボケ社会では、言論の揚げ足とりが盛んになり窮屈な官僚答弁だけがマスコミを支配しています。
私も少しだけ閑話休題。昨日と今日、関東地区有志による高津寮の同窓会が、去年秋の同窓会があまりにも楽しかったので、半年も経たないのに臨時同窓会をやろうという者が複数出現したので、熱海で開催されて、私を含む暇な人が１４人出席した。会場は元某宮家の邸宅で、運命の女神のいたずらで、あろうことかやんごとなくない連中が占拠し酒宴を繰り広げ歓談尽きず。世間の不景気をよそに、こんなことをしていいのだろうか。いいにきまっている。
私が竹中労に初めて遭ったのは大学二年の時でした。当時、竹中もなんとか一人立ちをして、中野新橋に自分の事務所を借りたばかりで、私とＲ君は道に迷いながら駅から歩いていったのでした。この家は狭く小さな家で、二階が仕事場でした。仕事というのは、主に売文業で、週刊誌を中心に注文があれば何でも書いていました。それで、かなりの原稿料を稼いでいたようです。我々のような自分を慕ってくる若者を大いに歓待してくれました。其の頃は大宅壮一が彼の手本とすべき人物のひとりでありました。事務所には各種週刊誌と雑誌の最新号及び新刊本があり、我々はそれを読むのがたのしみでありました。その後、事務所を世田谷区の代沢に移してからも様々な人達が集まってきました。
その後、竹中労は箱根の山奥に移り、頭をまるめて花和尚雲居と号していましたが、私達の足も東京から遠いせいもあって次第に遠のいていきました。勿論頭をまるめたからと言って得度した訳ではなく、喧嘩屋でトップ屋であり、アウトロウでありました。私が竹中労と出会ってから既に四年の歳月が流れていました。この間に、東大の安田講堂が落城したり、赤軍派のハイジャックや空港テロ、浅間山荘事件などがありました。これらの事件が私のすぐ近くの足元で繰り広げられたのでスリル万点でした。竹中はトップ屋ジャーナリストとして、危険人物達とも接点を持ち、独自の政治的スタンスで生きていました。私は東大の学生に案内され、安田講堂には、その落城の数日前に入ってみました。ネズミの巣のように異様に要塞化した階段を上りながら、大学解体というアジテーションに踊らされ、自滅していく学生達に対して私は無力で何も出来ませんでした。晩年に竹中が背中に花和尚魯智深の絵を書いたことは知りませんでした。それは竹中の狂気（侠気でなく）の産物で、想像以上の自虐的ナルシストへの迷走であり、それを誉める気にはなれません。尚、私は旬の頃の竹中労の目指した生き方「鉛筆無頼」に魅力を感じて深くコミットしましたが、彼が駆け出しの新聞記者であった時代や、箱根以降癌で死ぬまでの矢尽き刀折れた晩年の竹中労には、一般人に対する関心以上のものはありません。
この頃の私を含む若者達は、竹中労の「狂気」を警戒しつつ、その政治的、芸術的感性を珍重し、面白がっていました。人間は「狂気」の虜と成る時現実の政治感覚を失ってしまいます。当人は自作のロマンに陶酔して実に気持ちが良いのですが、酒や麻薬によって理性を失ったのと同じですから、やる事は常軌を逸してしまい公共の福祉や社会全体の利益に反することを平気でする場合があります。「狂気」は低級霊に執り付かれた状態であります。真理（神）を離れて人間知によって生きようとする時、しばしば斯かる低級霊に憑依されます。当時の竹中も、もっぱら自力本願でしたから自作のロマンに陶酔する傾向にあり、それまで彼と協同していた仲間もあきれるような行動を取ることがありました。それでも竹中に資金を支援する物好きな有力者もいました。それは、当時の日本社会が正に乱世であり、政治的に安定せず、左翼諸党派はロシアや中国に擦り寄り、政権政党はアメリカに擦り寄るだけという日本人のオリジナリテイを放棄した嘆かわしい風潮であり、国民大衆は亡国の民となり、闇の世に生きていたからです。闇の世の基本法則は、弱肉強食であります。やくざ映画が流行り、「右をみても、左をみても真っ暗闇ではござんせんか。」というようなせりふが受けていました。竹中の論法も行動も断じて首尾一貫せず、しかも言いたい放題やりたい放題であったので、敵はどこにでもいました。生きるためになりふりかまわず必死でした。
史上初の敗戦亡国という歴史的大事件を、日本人は全員が各自の環境において体験しつつあったのでした。乱世の大衆の心境は藁をも掴む救急の危機的状態にありました。しかし、その中で比較的のん気に貴族的ムードさえ引きずっていられた知的好奇心が旺盛な学生達は、むしろ好んでアブノーマルで危険なものに接近していきました。そこには新しい時代を開く革新の萌芽がある一方で、身を滅ぼしてしまう危険性もありました。竹中の事務所に集まっていながら決して竹中を尊敬せず、警戒心を緩めず、「労は小学生の頃、作文で文部大臣賞を貰ったために、自分は作文がうまいと思いこんでいるのさ。」(Ｒ君）とか「労はただのゴロツキだ。」（私）などと批評していました。ある時、当時日本一のフィクサーであった児玉誉士夫からお座敷がかかったことがありましたが、この時差し出された金に手を出したらおしまいだと言って受け取らなかったけれども、そうしなくても竹中には平穏な人生も筋が通った人生も無縁でした。
竹中労の思想は中国古典の中に絡め取られていて、春秋戦国時代の諸子百家によって人類の思想はすべて語り尽くされたと言っていました。その金銭感覚は水滸伝さながら山賊海賊のそれを地で行き、アナーキーな日本赤軍ないし原始人にも共通する一種の楽天主義に支えられていて、欲しい物は何としてでも手に入れるが、借金をしても返さなくて良いといった経済法則の及ばない天真爛漫というか無茶苦茶なものでした。晩年になっても深い迷いから出られず、花和尚魯智深を気取った刺青をした肉体をもって６０歳の若さで他界したのは何とも憐れであります。当時こう言う金銭感覚の人物が役者や芸人の中にかなりいました。当然今日の高度な管理社会では適応できず削除されます。
その間、私は乱世の迷いの世界から抜け出せず、弱肉強食やダーウィンの進化論の世界が本物であったら人間存在の意義がないと思われて、心が晴れず、毎日を虚しく過ごしていました。竹中は自分で鈍刀乱麻をぶっちぎるのだと豪語していましたが、いくらぶっちぎっても乱麻は繁茂するので結局もとの木阿弥で、巷にのさばる有害人種を討ち取る力は有りませんでした。むしろ、竹中が喧嘩を売った相手（例えば佐藤栄作など）は売った当人が勝手に墓穴を掘ってくれるのでかえって利益を得て一層のうのうと息巻いていました。利益優先の出版業界は敏感に変身していき、彼の商品価値、タレント性も次第になくなっていきました。全ては社会の要請によって生じ、用足りて自ずから消滅するのです。
政治宗教の分野に生い茂るつる草（利権亡者や茶坊主組織）は其れ自体はボーフラの如くか弱い存在ですが、繁殖力が旺盛で、竹中のような役者芸人紛いの言い放し書き放しの下手な評論（鈍刀）ではどうにもならず、腰を据えた本物の真理の説法（草薙の剣）でないと切り取り、一掃することはできないのです。当時、藤原弘達が「創価学会を斬る」という本を書いて、竹中の事務所にも贈呈されていましたが、これも茶番でしかなくガリバーに挑む小人のように、弘達が小刀を振るえどもこの巨大な怪物の感覚は鈍すぎて手応えがなく、いたずらに遠吼えするばかりでした。衆罪（迷い）は霜露の如し、恵日よくこれを消徐す、と言う訳で、今こそ本物の知恵が必要です。
何時の時代にあっても、人間は若くして悟ることはなく、若者にとって世間は常に未知のもので、そこへ体当たりして初めて分かるものであります。禅門では、冷暖自知せよといいますが、人間は人生の学校で自分一人で歩むしかないのです。当時は、一蓮托生の仲間であり、兄貴分でもあり、清濁あわせて（ほとんど濁ばかり）面白いことを沢山教えてくれた先生でもあった竹中労に関する思い出は主に私の青春の２０代と重複していて、たくさんの懺悔すべき出来事がありました。それらは全て若い未熟な私の迷いの世界（幻）でありました。一旦中断して次の話題に移ります。