第四章 彷徨
地理的には、アメリカ、カナダ、メキシコ、台湾、香港、フィリピン・・・、職業では、不動産、金融、貿易・・・、思想的には、ＲＥＤ、ＢＬＡＣＫ、ＷＨＩＴＥ・・・
順番としては最後の部分になりますが、「思想的には、ＷＨＩＴＥ」とはなにか。ＲＥＤが共産主義で、ＢＬＡＣＫが無政府主義であって共に政治思想である訳ですが、ＷＨＩＴＥというのは自由主義とか資本主義の類であろうと普通に想像されることと思います。しかし、真実はそういう区分を越えたものであります。私は２０代の青年時代に、思想的に未熟でしたから大いに迷い、お陰で生活は不安定で思うようにならず苦しんだあげく、遂に３０歳にして最終的に行きついたのが「ＷＨＩＴＥ」な思想であります。これは、単なる政治思想ではありませんが、私の場合は政治思想のルートで到達しました。
私はここで思想という言葉をつかっていますが、これは人間の心に浮かぶ様々な想いを総称して言っています。政治に関した想いを政治思想といい、経済に関した想いは経済思想と言うのであって、何に関してでも同類の想いは一纏めにして「○○思想」と呼んでいます。私は、全ての思想を統合した一つの世界観を「白い］思想と仮に呼びました。富士山の頂上のようなものです。登山ルートは沢山あります。医学や自然科学のルートも、経済や政治のルートも、宗教や哲学のルートも、その他のルートもあります。各自好きなルートを選べばよろしい。
「ＷＨＩＴＥ」というから、では真っ白で、何物にも依拠しないのかというと、その逆で全てのものに依拠し、同時に一切をその中に包含してしまうのであります。「不ニの法門」とも称されます。現代日本においてこの思想（宗教的には万教帰一の教えとなり、医学的には生命の真理、科学的には宇宙法則、政治経済では平和と繁栄、文学芸術的には美や調和や歓びとなります）を普及した中心的人物は生長の家を創始して獅子吼した谷口雅春でした。私は、２９歳の時約４ヶ月間かけてアメリカ各地を放浪したあげく、当初の目的であった「日本国籍を捨ててコスモポリタンとして生きる」ことを断念して帰国し、谷口雅春師の主催する生長の家の飛田給道場の門を叩きました。私は自我を捨てて、命がけで谷口雅春の全ての著作を読み、それをわが身において実行し、また共同体の一員として彼の日常生活を下座で支える生活を一年やりました。当時飛田給道場では、互いに生かし生かされる共同体生活を実践していました。私は無我無心になって谷口雅春の思想と信念と信仰を全て吸収し、彼によって新生しました。そして一年後、宗教団体としての生長の家の職員になる道を示されましたが、それは私には不自由過ぎ、私のこの世における使命ではないと考えられたので、懐かしい思い出と共に飛田給道場を出て今日に至っています。その谷口雅春師も数年後死んでしまいました。
仏教経典中、維摩経というのが、この思想をもっとも鮮明に書いた文書であります。私はこの経典の中の維摩詰という登場人物と自分とが全く同じ心境にあり、同じ思想をもっていることを発見したのであります。
私はこれを「ＷＨＩＴＥ」な思想と呼びましたが、大道無形であって、呼び方に拘る必要は全くありません。尚、わが国では仏典は全て漢文で書かれており、現代人には甚だ読みづらく、難解であり、読解不能文書と成り果てています。また、この種類の書物（経典だの聖典だのと呼ばれている文書）を判読できたにしても、各経典は元々バラバラに作成された物であって、全体としては一見支離滅裂で、単なる学者には到底統一した理解ができないものなのです。しかし、不思議にもすべての仏典には真理が説かれています。
現在、これをいいことに仏典等の古い文書に勝手な解釈を下して閉鎖的な小さな宗教団体（カルト集団）を作っている者もいて、悪質なものは、サリンを撒いたり、詐欺を働いたりしましたが、そんな団体は自然消滅するので心配は要りません。かかるカルト集団の教祖（グル)は全員正覚を得ていません。正覚を得るどころか、ほとんどのグルは思想的に未熟で子供じみています。人間としての正覚を得なければ、当然人類社会に反逆する動物霊のレベルに留まるしかないのです。彼らは、自分の思いつきの教説に信者が面白い様に従順に従うので好い気になって出鱈目の教説を振りまいています。外部の人間なら、その教祖が如何に出鱈目を言っているかは容易に判断できますが、マインドコントロールされてしまいますと自分の教祖の説が全部正しいと信じてしまいます。木の善悪を知るにはその果実を見よ、と言いますが、プラグマチズムのこの主張は現代文明人が正しい選択をするための最もわかり易い基準であります。鄧小平も、「白い猫も、黒い猫も、ネズミを取る猫は良い猫だ」といって、毛沢東の呪縛（マインドコントロール）を取り去って、改革開放を推し進めました。
そもそも漢文仏典の棒読み以外に学習方法を持たなかったわが国の仏教界では、時々時代のニーズに応じて独自で有効な解釈をする優れた人物が現れてその時代の人々を指導する伝統がありました。空海、最澄（この二人はバイリンガルでしたから棒読みではなく、直接理解したでしょうが・・・）に始まり法然、親鸞或いは道元や日蓮（ここいらは正に棒読みであり、いろいろ自己流解釈を案出しました）は皆その時代の傑出した指導者でありましたが、現在でも各開祖の弟子の子孫がその解釈を受け継いでいくことに苦労しています。これら旧い宗派仏教は、当然現代のニーズとはズレがあるわけで、核家族化が進み次第に檀家も減ると寺院は経済的に成り立たなくなり、学校やビルや駐車場の経営者となるか、葬式仏教と揶揄されて死人に経文を読み聞かせる業者となるしかない状態で、このままだと宗教としては社会から消え去るでしょう。美術的に価値があれば建造物は遺跡として残るかもしれません。今や人類は旧時代とは比較を絶した便利な情報伝達ツールを持つ社会に生きているので、人生に必要な真実の情報（教説）はインターネットで容易に伝えることが出来ます。
と言う訳で、野孤禅状態のグルに騙されると犯罪者になる惧れがあるし、旧式解釈仏教では役に立たないけれども、インターネットを覗いてみると、簡単に成仏することが出来るという実に有り難い時代になりました。聞く耳、見る目を持ちさえすれば、ネット上でわかり易い真理の教説が説かれているのです。神（仏）のみ互いに認め合い賛嘆し合うと言われています。人間の実相は神（仏）ですから本来の誠実な心の持ち主なら、容易に正邪を見分けられます。私もネット社会に生きる一人として、微力ながら真理の種蒔きをしようと思いついてＨＰをＵＰしました。
大学に入ったばかりの素朴な田舎の山猿であった私は、大学キャンパスで｢制空権を握っていた」新左翼運動にかぶれたのでありましたが、これは所謂「朱に交われば赤くなる」という自然現象であり、この単調な理論と実践方法にはすぐに飽きてきました。こんな大雑把な理屈で無知な大衆を引っ張りまわしていることは、政治的に無効であり、徒らに騒いでいるだけであると直感されたのです。それでも、大動員が可能で、その結果多くの同年代の若者が群集すると、そこに何か価値あるものが有る証拠かのごとく錯覚しますが、これは幻想に酔っているだけで、その群集の心理は羊や山羊の大群と変わるところはありません。当時、学生大衆がデモや講演集会にたくさん集まったのと、現代の青少年がアイドルの歌や踊りにたくさん集まって夢中になっているのとは同一現象であります。扇動の原理や技術は共通しています。違うとすれば受益者が違うだけです。
青年期とは、動物一般において最も繁殖に適した肉体を持ち、繁殖のための欲望が最も盛んな期間であります。雄のカマキリや蜂は交尾したらそれで彼等の生きている目的を達成出来たとして死んでしまいます。人間にあっても、猿の異種のような肉体を使用して、この地球で活動するように作った以上、青年期には性欲が人生において最大となり、男女互いに求め合うのは自然であります。従って、青年期に限って言うならばフロイトの言うように、性欲が人間の行為のベースをなしていると言えます。従って、青年時代に男女問題で試行錯誤するのは仕方が無いことです。性欲が旺盛すぎるために過ちを犯すのは青年期の特徴の一つです。この時期をうまく乗り越えなければ成仏できません。結局は青年男女の性的関係など、さほど重要ではありません。良い男女関係は何時までも記憶に留めていても楽しいでしょうが、失敗した男女関係はきれいに忘れるのがいいのです。私の青年時代の場合は、概ね後者に該当するので、ここで敢えて書くことはありません。世間では男女問題だけで山ほどの恋愛、性愛小説が書かれているのに、大したことではない、と切り捨てるのは乱暴ではないかという向きもあるでしょうが、高度な政治判断により、ここではパスします。
さて、大学で学問を極めることは、既に私の関心事ではなくなりました。それより、池田勇人の所得倍増論がうそから出たまこととなり、当時の日本経済は毎年１０％を軽く越える高度成長を続けていました。何をやっても儲かるというので、巷では今では夢の様な話ですが、人手不足で求人広告が溢れていました。
この事も、私をして大学をいとも簡単に辞めさせた原因と言えます。なにしろ、当時の大卒初任給が五万円くらいであったのに、巷では学歴不問、経験不問、不動産営業、給料１０万以上保証と言うような求人広告が無数にあったのであります。法人タクシーも当時、月収２０万以上確実という広告を出していました。当然、大学卒業生に対しても求人が殺到していて学生数の１０倍位の求人数がありました。そのため、学生達は就職の心配をする必要がなく議論やデモに明け暮れていられたのです。世間の好景気が学生運動に油を注いでいたと言えます。
私は大学に見切りをつけ、新聞の求人広告をみて、学歴経験不問という不動産業に飛び込んだのであります。そこは、まさしく札束が乱れ飛ぶ世界でありました。昨日まで西友ストアでマヨネーズを売っていたと言う男が、今月は給料１００万円以上貰っているのであります。この金の大半は、直ちに夜のネオン街に流れたいったから、盛り場では一晩中女たちの嬌声がやむことはありませんでした。
私は次にタクシー会社へも行ってみました。勿論、学歴経験不問という募集であったからです。当時、初乗り１７０円でした。ここも、好景気のお陰で濡れ手で泡といった具合に稼げた世界でした。当時は、銀座乗り場などなく、料金も需給任せで無法状態でありましたから、深夜には銀座から六本木まで五千円とか一万円で運んでいた者もありました。飲み屋では、一万円札で紙飛行機を折って飛ばす浮かれ振りであったからタクシー代として一万円使うことなど平気であったのです。この経験により、後に個人タクシーをやるようになったのであります。
ご承知の様に、不動産業界はその後もバブルが崩壊するまで日本経済の先導役となり、田中角栄と言うスターを作りました。その後国民全体に膨大なつけを回して謹慎中でありますが、なかなか収拾がつきません。
さて、金融業界にも突入していきました。勿論、大手の銀行は大蔵省の天下り先であり、学歴が最大にものを言うし、経験をつみ人脈に繋がりそれなりのしきたりをわきまえていなければ相手にして貰えません。私のような無学歴の無頼漢でもやれるのは、いわゆるブラックマーケット（闇金融）であります。この業界ほどやくざな業界はありません。そして、日銀券には株券の様に名前が書いてあるわけではありませんから、ちゃんと大手銀行の人達と繋がっているのであります。銀行支店長らと名門ゴルフコースをまわることもあったのです。
さらに、芸能界、ジャーナリズム、貿易商社と私は気の向くまま仕事を変えて行きました。そして、どのような仕事であろうと、人後に落ちないという自信がありました。人間はたくさん経験を積み、見聞を広め知識を増やすことによって成長するものである、と漠然と信じていて色々体験することを自分に課していたのです。読書に関しても、あらゆる分野にわたり無差別に乱読しました。しかし、いくら知識や経験を増やしても私の魂は飢え続けていたのです。
知識や経験をいくら増やしても、人間は魂の飢えを満たすことは出来ません。人間が悟るためには、知識や経験は何の役に立たないのです。釈迦も、その青年時代に６年間苦行林にいていろいろ知識経験をたくわえたけれども、それらの努力苦行は悟りの因ならずと説いています。
青年時代の私は自力を過信していて、師を求めず徒に暗中模索をしていました。しかし確かに、私は真理を求めていたのでした。人間とは何か、人生の目的は何かというテーマを追っていました。この課題は、私がものを考えることができるようになったとき既に私の中にあったし、私が心を澄ませているとき何時でも心に浮かんできました。私は、青年時代に心底から純粋に真理を求めていたと断言できます。目先のどんな誘惑よりも、私は真理さえあれば死んでもいいと本当に思っていました。ただ、悲しいかな、私にはまだ真理が掴めていませんでした。
私は自分の肉体生命には不思議にも淡白で、子供の頃から何時死んでもしかたがないと思っていました。最初から、自分の肉体生命は天与のものだから、もっと生きたいと願っても寿命が来れば死ぬし、美人に成りたいと思っても親に似た顔つきは変えられないと諦観していたのです。黒人として生まれれば一生涯白人のように色が白く金髪青眼にならないし、マイケルジャクソンであろうが鈴木その子であろうが白い肌に生まれない限り、色白にはなれない、これは当然のことですからね。
私の青年時代の自力に拠る試行錯誤は結論からいって、全て徒労でした。悟らずに年齢を重ねる結果は、迷いが益々深まり、狡猾な知恵が増殖し、友愛を失い、敵を増やし、悪人面になり、孤独になるだけなのです。なぜなら、そのような自力の人生は格闘技の試合を繰り返し、勝ったものが生き残るゲームと同じで、勝ち続ければ戦利品を分捕ることができ、敗者の屍の上で一時肉欲を満たして楽しむことができるにしても、常にその地位を狙われているので安心する暇はありません。
そのため、私の青年時代の人相は子供の頃に比べ明らかに悪くなっていました。生きていられたのは運が良かっただけであったのです。深夜に住宅街を爆音をたてて走りまわるオートバイの若者がいまでもいて、全く迷惑な連中ですが、彼等は暴走することに気楽に命を掛けているようでありますが、私も又気楽に命を掛けて無謀な試行錯誤を繰り返していました。いつ死んでもおかしくない生活をしていました。死神の方が勝手に逃げて行ったとしか言様がないような生活でした。
一般に人間は思想的に深く迷うと、簡単に自殺してしまうものであります。過去にたくさんの作家が自殺しました。自殺を達成した連中は死神をしっかり捕まえて離さなかったからであります。私は生に執着しませんでしたから死に対してもあまり魅力を感じませんでした。それで自殺しなかったのだと思います。もっとも、思想もへちまも無い凡夫は自殺などしないでしょうが、その代わりその迷い相応に目前に死や病気や貧困といった人生苦が現れるので、人間としての自由や尊厳を手に入れることはできません。人間は凡夫のままでは決して救われないのです。凡夫も正しい思想に出会った時救済されます。真理のみが人間を自由にし、尊厳にし、生かすのです。
人間知による知識経験は迷いを助長するばかりで有害無益、悟るのに何の役にも立たないということは旧約聖書にも明記されています。エデンの園でへび(serpent)がイブをそそのかし、アダムとイブを神の智恵（真理）によらず、人間の知識と経験だけで生きていく肉欲に執着した迷いの世界へ引っ張り込んだという指摘があります。そうすると、知識や経験に頼って快楽を求めて生きていこうとする人間は悉く行き詰まり、迷宮に陥り、国家は滅び、企業は破産し、肉体は病む、という大変な苦難を味わうことになったのであります。神（真理）を放置して肉体的快楽を追求し続けると、かかる破滅が待っているのであります。神によって生きるものは神になり、土（物質）によって生きるものは土に成るのであります。
けだし、２０代前半の私は、人生における最も暗く深い迷いの渕に沈淪していました。思想的には赤と黒の間をさ迷っていたのでした。赤（共産主義）も黒（無政府主義）も所詮物質的欲望を満たす世界を理想とする、単なる政治的主張に過ぎません。後者は盲目的楽天主義であり、組織論が無いので、個人的な無秩序な暴走になり勝ちで危険です。同年代の友人達も同様な想念に執りつかれていたようです。其の一人であったＲ君とは当時子猫がじゃれるように親しく付き合っていました。彼は子供時代には神童と言われていて、学生時代はなんとか秀才で通し、世に出たら唯の人になってしまった人物でありまして、一応医師でもありました。
このＲ君は大変読書家でした。当時よく神田や早稲田の古本屋街に出かけていきましたが、彼は其のたびにダンボール箱数個に入りきれないほどの本を買いこんでいました。彼の自宅は高校時代にすでに本だらけであったから、今日数万冊の蔵書をどうしているのでしょうか。当時羽仁五郎が都市の論理という本を書いてよく売れていましたが、この人もやたら本を集めて死にました。最近ＮＨＫテレビで江戸川乱歩も自宅に本をたくさん残して死んだという番組を見ましたが、今でも本を集めて自宅を図書館にする人間は多いでしょう。
Ｒ君と私は連れ立って面白そうな有名人を尋ねることで何かの人生のヒントを得られるかもしれないとして、当時の有名人に面会するという趣味がありました。この趣味は、特にＲ君にあったので彼はとんでもない人物とも顔見知りになっていました。ここにあえて名前を伏せたのはＲ君がまだ現役であるからです。